いままでたくさんの原稿や写真を様々な媒体で公開してきましたが、やはり犬と暮らす家や猫と暮らす家に関するものは、そのデザインの背景にあるもの(=ロジック)が大切で、なかなか雑誌の特集、新聞のインタビューなどでは、そのあたりがふんわりした表現に落ち着いてしまいますので、私の設計に興味を持っていただいたのなら、ぜひ著書(単著)を手に取ってもらいたいと思います。特に、『ペットと暮らす住まいのデザイン(丸善出版)』は増補改訂版も含め全国の図書館にほぼ置いていると思いますから、借りるなり買うなりしていただけると幸甚です。
このページではこれまで世に出した私の著書について、その出版のきっかけなども交えて紹介しようと思います。
この本の「あとがき」に書いていますが、2010年にアメリカの新聞「The New York Times」で私のようなペット(コンパニオンアニマル)と暮らす家を設計したりDIYをしたりしている人々の特集を組んでくれることになり、アメリカ人の担当編集者さんとあれこれメールでやり取りしているうちに、「日本人にとって当たり前のことが、アメリカ人には全く伝わらないなぁ。。。」と思うようになり、「いや、そもそも日本人にも伝わっていないんじゃないのか?」と考えはじめ、それは由々しき事態だなぁという事で、10年ほどの住まい方調査※1と自身の住宅作品を中心に、日本人とペット(コンパニオンアニマル)との生々しい生活の現場を記録しようと思って書き始めた本です。
ですから、どちらかというと犬の要素の方が多い内容になっています。でも、建築家としてのキャリアのターニングポイントになる、猫15匹犬5匹の家:The Cats' Houseが2009年に竣工していたので、猫のこともかなり書くことになりました。
実を言うと、この「猫15匹犬5匹の家:The Cats' House」に関する記事が紙媒体だけでも、2012年までに、ブラジル、カナダ、フランス、イギリス、中国、スイス、と広まっていました。
もう書いてない自分のblogで記録を遡れるものだけでこのぐらいはある。たしか日本の家庭科の教科書にも載った記憶もある。
フランスの動物愛護団体が出してる'30 millions d'amis'なんてまず、日本人は載らないメディアな気がするし、イギリスの猫雑誌'Your Cat'は2つの住宅プロジェクトに対してページを割いてくれて、表紙にもあるように、”inside a japanese cat house”って特集で好意的に扱ってくれました。ちなみにこの雑誌で”catio”というものの存在を僕は知ります。
それで、ようやく「The New York Times」さんに話は戻るのですが。。。。
紙媒体は他国では相互にそれを把握していないから、2,3年は記事の使いまわしができるけど(インタビューの回答はすでにあるテンプレで返していたし、写真はzipで大量に送っていた)、web記事ではそうもいかなくて、2010年でもう情報としての新鮮味がなくなっていました。そこで「The New York Times」さんは「あなたの猫の家はWEBに露出しすぎ!」と言って、ありがたいことに犬の話だけで結構な紙面を割いてくれたのです。それでも正確に伝わらないことはあったんだけど、それは文化の違いなんでしょうな。
(下画像:一番上に私が設計したバセットハウンドの家のINUKAGUが載る)
一方、日本の新聞では2013年に朝日新聞beのフロントランナーで、猫専門建築士ということで今までの私の活動が大きく紹介されることになりました。
さほど出版には興味がなく、先に書いたペットとの住まい方調査というものを地道に中央動物専門学校(東京都北区)の動物共生研究科の学生たちとやっていたのですが、2013年の段階で119世帯もの濃密な調査報告書ができあがりました。(現在も調査活動は継続中。収集データは500世帯くらい)
※1について:概要は下のリンクをクリックしてください。
収集したデータはせっかくですから「教科書」として後続の学生に残す必要があると考え、犬と暮らす家・猫と暮らす家の工学書としてはじめて世に出したのが『ペットと暮らす住まいのデザイン(丸善出版)』の初版です。ありがたいことに5刷りまで増版されました。
月日が流れ、猫と暮らす家に関する設計のロジックについてもしっかり記したいと思い、2021年に増補改訂版を出すことになります。※増補改訂版についてはこのページの最後に詳しく書いています。
朝日新聞beフロントランナーの記事と『ペットと暮らす住まいのデザイン(丸善出版)』が、幻冬舎の敏腕編集長さんの目に留まり、ある日、東京駅近くのルノワールに呼び出されて、びっくりするほど早いスピードで出版された本が、猫と家についてのベストセラーに(たぶん)なった『へぐりさんちは猫の家(幻冬舎)』です。猫専門建築士というジャンルを市場につくった画期的な本でした。
この本は「猫15匹犬5匹の家:The Cats' House」が竣工した後、その家で過ごす15匹の猫の挙動や生態を記録するために数か月の間、へぐりさんちに居座らせてもらい、床に寝転がったりしながら、ある意味「でたらめ」に撮影した3,000枚もの写真を幻冬舎の敏腕編集長さん自らが目を真っ赤にしながらセレクトし、それに合わせて私が、敏腕編集長さんに命令されるがままに、文章を添える形で完成したフォトエッセーです。その時の様子はこちらの幻冬舎さんの記事に残っています。(おもしろいよ)
竣工したのが2009年の夏なので、(この記事を書いている今は2022年の夏ですから)13年前のデザインです。
でも、今、世の中にある猫のための家とかそういうものに用いられているデザイン要素は、だいたいこの家の中に見つけることができるでしょう。猫ステップとかキャットウォークとかよばれているものです。私が考案したキャットツリーなんかは、多くの人に丸パクリされています。それほど住宅業界にインパクトを与えた作品だと自負しています。まぁ、肉球が見えるガラスのキャットウォークなんかは悪趣味なのでありませんけどね。実際、ハウスメーカーの商品住宅や知らない建築士の造ったものを見ていると、同時代にあったヘーベルハウスさんの猫仕様住宅と、この作品が、日本における「猫のための家」のルーツといっても過言ではないと思います。現在の私は「いかにも猫が使いますよ」といった感じのデザインを避けるようになりましたから、当時とはだいぶん作風が変わっています。
猫のために家を考える人々が増えていく中で、「建築知識」などの専門誌に自身が設計してきた特殊な住宅の写真やディテールを公開すれば、世の中の「猫と暮らす家」のレベルが向上するだろうと思っていたのですが、意に反して、形だけ真似られたりするだけでした。私の観測する範囲ではかっこよくて、猫の生態に対して理にかなったデザインはなかなか生まれて来ませんでした。(期待していたのに)
そして目指すべき地点である「猫の完全室内飼育」だとか「猫の適正飼養」「終生飼育」「環境エンリッチメント」という言葉がどうも軽くなっていくように思えてならなかったので、「住居の中に猫的町並みを展開する!」というパワーのある言葉で1冊書いてみよう。最新作の写真も惜しまず載せようとしたのが、この本です。
すごくいいタイミングでプレジデント社さんに呼ばれて本社のあるビルまで行きました。高層階から見下ろすパノラマ。出版社と言えば神田周辺にあって薄暗いけど繁盛している店で蕎麦をすするもんだと思い込んでいたのですが、全然違うの。それはさておき、内容的には欲張りすぎて、いいことを書いているんだけれど、文章と写真との整合が取れていなかったりして、別に気にしなくてもいいんだけど、もう少し固い文体で正確な本が書きたくなりました。でも、いい本だと思っている。
例えばこのページとか。気に入っています。
そして、ケヴィン・リンチ『都市のイメージ』を完全室内飼育の猫にとっての住居にあてはめるアイデアをはじめて発表したのもこの本です。(厳密には共同通信社さんから依頼されて書いていた地方新聞の連載が初出)
「猫専門の建築家」や「動物の建築士さん」等々と自称していましたが、”専門”とか”建築家”と名乗る以上は確固たるロジックを持っている必要があるわけで、犬については僕の場合はきちんとしたドッグトレーナーの教育を7年以上受けているから心配ご無用なんですけれど、猫は実に難しい。
かつては犬と同じように「オペラント条件づけ」で乗り切ろうと考えたり、コンラート・ローレンツから始まる動物行動学(エソロジー)やパウル・ライハウゼン博士の研究を元ネタにした猫の最新研究をデザインの拠り所にしていましたが、完全室内飼育の猫に関しては「行動」がそういうものから離れていくことがわかってきました。だから、満を持して書いたのが次の本です。
増補改訂版なので、初版と被る部分が当然あるのですが、結構、大幅に書き直しています。特に猫に関して。そして、ケヴィン・リンチ『都市のイメージ』を完全室内飼育の猫にとっての住居にあてはめるアイデアをわりときっちり猫用にイラスト化することで定義しなおして、リンチの「都市のイメージ」の本筋から逸脱する部分には説明(言い訳)を加えています。
でも、結局のところ、人間の都市だろうが、猫にとっての住居だろうが、それを形態として認識し言語化するのは人間しかいないのだから、デザインのロジックは人間の言葉で説明しなくてはいけないので、当面はこのコンセプトで私は設計を進めるし、そんなこと関係なく何処かの誰かが上手に作った「猫のための家」というのは5つのエレメントの相互作用を持っていて、みえやすくわかりやすいものであるはずだと思っています。
上の画像のようなデザインされた空間も、猫の存在を前提に設計する場合は「5つのエレメント」が背後に存在しています。そしてそれらは相互に影響しあい、猫にとってのイメージアビリティーが高くなるように考えて設計しています。それを簡潔にまとめると以下のようになります。
家の中は刺激が不⾜している。そこで、この刺激について考えを巡らすと、猫に必要な刺激は⽇々の居場所と移動の中にあるということに思い当たった。移動に関しては、多頭飼育の家を数多く設計してきた経験から、私は猫の動線を「交通整理」する重要さを⼼得ている。例えば、交通整理ができていない中途半端な猫の家では、⼩さなトラブルがよく⽣じる。その⼩さなトラブルはやがて⼤きな問題につながりかねず、家庭内の秩序と平和が維持できなくなるリスクもあり得る。では、猫の居場所を快適に設け、そこに⾄る動線の交通整理をするためにはどのようなことをすればよいのだろうか。ここで主張したいのは、それが、さながら都市計画の⼿法に似ているということである。⽶国の都市計画家ケヴィン・リンチ(Kevin Lynch, 1918 ― 1984)は著書「都市のイメージ」において、都市を構成するエレメント(要素)を分類し次の5つに整理した。
①Path(パス) →道路
②Edge(エッジ) →縁(ふち)
③District(ディストリクト) →地域
④Node(ノード) →接合点・集中点
⑤Landmark(ランドマーク) →⽬印
この5つのエレメントは都市を「計画」するために考案されたものではなく、都市を「分析」するために考え出されたものであるが、新しく計画した都市を(ここでは猫の家の内部空間を)⾃⼰採点するのに有⽤であると⾔える。5つのエレメントが相互に関係していることを猫の家の計画者が⾃覚し、リンチが都市にとって最も重要な課題と位置づけた「わかりやすさ・⾒えやすさ」を猫の家にも実現できるなら、この5つのエレメントは猫のための家の内部空間を猫の環境エンリッチメントを⽬的として計画するための強⼒なツールになり得る。
キャットウォークや猫⽤階段などのパスを考える際、「わかりやすさ・⾒えやすさ」を配慮のうちに含める必要がある。猫が床より⾼い位置にいるとき、どこに前⾜をかければ、あるいはどこにジャンプすれば、次の場所にスムーズに移動ができるのかを猫にとって認識しやすくしておく必要がある。更に、ある程度の移動に関する、ひと固まりのルートが読めるように、全体を視覚的に捉えやすくしておく必要もある。このようなことは、⼈間の場合にも該当し、都市のわかりやすさと⾒えやすさのことをリンチは「イメージアビリティー」と呼び、有益な都市の構造と、それ⾃⾝のありようを定義した。このイメージアビリティーが強い都市は、すべての⼈にとって好ましいとされる。というのは、イメージアビリティーの強い都市は、道に迷うことがなく、迷ったとしても⼿がかりがあり、⾃分が都市の中の「どこにいるのか」を都市の構造の秩序の中から⾒つけ出しやすく、鮮明なイメージを持つことができるなどの効果が発揮されているからである。
ここで再び家の中の猫を取り上げる。イメージアビリティーの強い猫⽤通路のネットワーク、すなわち複数のパスは「わかりやすさ」という点で猫の安⼼感につながり、途中の動作で迷うことがない。イメージアビリティーを疎かにし、不規則なリズムをもつ猫ステップや先の⾒えないトンネルなどを計画してしまうと、猫がどこに⾏っていいのかわからず、不安を⽣じさせるので、そのようなデザインは避けることが賢明である。注意すべき点は、イメージアビリティーは5つのエレメントの相互作⽤によって変化が起こるので、決して、少ない要素のみで評価を⾏うのは適切ではない。結局のところ、部屋の壁の「⼀つの⾯」だけに、どこかで⾒たような「猫⽤の何か」をたくさん取り付けたとしても、ディストリクトは形成されず不完全なパスのままの状態で⽌まっている事例が多い。だからせめてあともう1 ⾯だけ猫に壁⾯を提供してほしい。壁がL字になっていれば少なくとも部屋の⾓でノードは出来上がる。無論、万全とは⾔い難いものでも猫は使う。しかし、猫は住居内で領⼟を拡⼤していく⽣き物なので、イメージアビリティーの評価以前のスケール感で⽌めていてはいけないと私は考えている。
(ペットと暮らす住まいのデザイン増補改訂版より抜粋)
(1)~(3)を読んでいただいて、小難しく思われると困ってしまうのですが、このぐらいのことは他のジャンルの建築家は常に考えています。住宅だけが「ぼんやりとしたイメージ」で語られることがなぜか許されているのです。でも、「猫がいるとそうはいかないよ?」っていうのが私の主張です。
例えば、下に載せたページは「犬のペットシーツトレイ置き場」についての最適解について。
家具でやる方法と、きちんと間取りの中に入れて住宅設備としてつくる方法の紹介です。
また、下に載せたページのように、犬のためだけの話ではなく、アイランド型キッチンにドッグフェンスを美しく設える方法なども紹介しています。
犬の話も、猫の話も、増補改訂版ではかなり密度が上がり実例写真も増えていますよ。
ちょっとでも気になったら、この本を手に取ってみてください。
(買わなくても全国の図書館にほぼありますよ。なかったらリクエストしましょう。)
犬猫専門建築家の著書セルフ紹介(2022.08.31)